アイルランドと日本の関係
両国は1957年に外交関係を樹立し、1964年にはダブリンに、1974年には東京にそれぞれ大使館を開設しました。
近年、両国は二国間の関係と交流を新たなより高い段階へと引き上げ、同じ目的を持つパートナーとして国際舞台で協力する強い意向を表明しました。
経済的結びつきの強化
アイルランドと日本の経済的結びつきは、アイルランドが欧州連合(EU)とその単一市場および関税同盟に加盟していることから、拡大し続けています。日EU経済連携協定(EPA)の実施によって、双方に建設的で有益な影響が生じています。
日本はアイルランドにとってアジア太平洋地域で第2の貿易相手国であり、年間双方向貿易額は約230億ユーロに上ります。また、アイルランドへの海外直接投資の供給国としてアジア太平洋地域最大であり、全体的に見ても供給国として重要な存在です。主要な投資分野は、情報通信技術(ICT)、金融サービス/フィンテック、ライフサイエンスです。
日本の活気あふれるアイルランド人コミュニティ
日本在住のアイルランド人は約1,200~1,500人で、そのほとんどが東京で暮らしています。多くの人が交流プログラムやインターンシップなどを通じて日本とのつながりを築いてきました。活発なコミュニティ組織の存在により、日本でのアイルランドに対する認識は高まり続けています。毎年3月には東京をはじめとする日本各地で、パレードやフェスティバル、有名建築物のグリーンライトアップなど、セント・パトリックス・デーを記念するさまざまなイベントが行われています。
文化交流
アイルランドにも日本にも豊かな文化遺産があり、アイルランド大使館は両国間の活発な文化交流を積極的に支援しています。
アイルランド文学は日本で高く評価されています。アイルランドの文豪、イェイツやジョイス、ワイルド、ショー、ベケットの作品は日本語に翻訳され、日本の芸術家に影響を与えてきました。アイルランドの近現代の作家や劇作家の多くの作品が日本語で出版されたり、日本の劇場で上演されたりしてきました。
アイルランドの映画やアニメも多くのファンを獲得しています。2023年以来、毎年、東京でアイルランド映画祭(駐日アイルランド大使館主催)が開催され、こうした分野におけるアイルランドの多様な才能を紹介しています。
伝統的なアイルランド音楽も日本では非常に人気があり、日本各地でダンスや音楽のセッションやワークショップが定期的に開催されています。
歴史的なつながり
アイルランドと日本の歴史的つながりを示す最も有名な例の1つは、アイルランド人とギリシャ人の両親を持つ著作家で、1890年に来日したラフカディオ・ハーン(1850~1904年)です。日本では小泉八雲として知られるハーンは、日本を最初期に英語圏に紹介した主要人物の一人でした。彼の作品はよく日本の学校の教科書に取り上げられています。
19世紀の明治維新を機に日本が西洋に門戸を開いていくなかで、ほかにも多数のアイルランド人が日本の発展に多大な貢献を果たしました。
そのなかでもよく知られているのは、1869年に日本の初代「君が代」を作曲したジョン・ウィリアム・フェントンでしょう(原曲はもう使用されていません)。また、都市工学者のトーマス・ジェームズ・ウォーターズは、現在の東京・銀座地域の街並みを設計しました。
さらに修道会に所属していた多くのアイルランド人が、特に教育分野において、日本で重要な貢献をしました。
二国間関係
多国間の場への参加のみならず、アイルランドと日本は強固な二国間関係も築いています。長年、多くのハイレベル訪問が行われており、両国間の強い絆を示しています。
近年では2022年7月にミホール・マーティン首相が訪日して岸田文雄首相と会談しました。会談では、首脳共同声明「共通の野心によるパートナーシップの前進」を発表し、二国間の関係と交流を新たなより高い段階に引き上げることを宣言しました。